かわむらの
日々

日々

昔のことが気になりだすと…

各地で桜が盛りを迎えていますね。昨日は用事があって県中部の方に行きましたが、行く先々できれいな姿が楽しめました。日本に生まれて良かったなと、つくづく思う瞬間です。

今日はやはり用事があって朝から街中をぐるぐるしましたが、この場所でふと足が止まりました。

富士宮市民の方以外には全く関係ない話で恐縮ですが、ここは大宮小学校と大宮保育園の南側、その昔には私立富士宮幼稚園があった場所です。それを言うのも恐縮ですが私が通った幼稚園なんです。その敷地内、記憶が確かならば門を入ってすぐあたりの場所にこの桜は立っています。

幹の太さなどから見て、恐らく私が通っていた頃からここにいたんじゃないかなと、感慨深く暫し眺めてしまいました。卒園して四十数年、この幼稚園がなくなって二十年ほど経ちますが、このことに気づいたのは初めてです。

昔の話をしたところで、もう一つ古いものの話を。

十年前に亡くなった祖母が持っていた簪。そんなに価値が高いものではないようですが、古色といいますか古いもの特有の味があるように感じ、店内陳列のお供として飾らせてもらっています。お客様との話題の種にもなってくれ、なかなかありがたい存在です。

昔の話ばかりしているのは退化した証拠だなんて言う人もいますね。こんなことばかり気になるのは、自分も年をとった証なのかなんて思ったりもしますが、温故知新という言葉もありますし。自分が今立っている地点の歴史、それを噛みしめしっかりと継承した上で新しいものを創造して行くことが大事だと思います。そうでないと弱い足場の上に次のものを築いていくことになってしまうと、以上、すべて最近お話を伺う機会のあった易の先生からの受け売りでした。

ただ、連綿と受け継がれてきた伝統のなかには、その時代ごとに生き抜いてきた先人の労苦が染み込んでいるでしょうし、それは時代に合わないとか言って簡単に捨てられるものではないように思います。しかし、我々の業界しかり、社会全般を見渡しても、しっかりした足場を捨てて弱い立脚点を選んでしまっている事例が多いように感じてしまいます。

自分はしっかりやってます、なんて胸を張れるわけではありませんが、地に足をつけての気持ちを強く持って着実に進みたいと考えております。

固い話で失礼しましたが、明日の31日は定休日、明けて1日からは新年度ですしね。思いを再確認してスタートしたいと思いました。

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